石川裕人百本勝負 劇作風雲録

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第十回 アトリエ劇場引っ越し。

 「十月劇場」解散の噂は噂にしか過ぎず、’91年2年ぶりにテント芝居をやることになる。35本目三部作時の葦舟・The Reedoship Saga第一巻は未来篇「絆の都」。この三部作はトールキンの「指輪物語」をモチーフにしたSFスペクタクルで全3巻で500枚弱の大長編だった。宇宙征服の指輪を守護するために未来・過去・現在と時空の旅をする家族(コンピュータ化した父、霊的存在の母、ヒーローである息子、大猫)の物語は自分としても畢生の戯曲と自負している。この芝居で三度目の松本現代演劇フェスに参加した。松本フェスは「又三郎」で自主参加公演だったが2回目から上演料が支払われる招聘公演になっていた。この頃の「十月劇場」はテント芝居はお手の物で自分たちの流儀で野外演劇を楽しみ始めていた。もちろん経済的にきついことに変わりはなかったが。



  

   本火をふんだんに使ったスペクタクル芝居「絆の都」。


           

         舞台は2面舞台で花道で二つの舞台をつないだ。


 そして前年私は宮城県芸術選奨新人賞を受賞した。


 36本目石川裕人事務所のプロデュース公演のための戯曲「隣の人々 静かな駅」。(上演は’92年)前年に死んだ愛猫に捧げた戯曲でファッションビル・フォーラスホールとの提携公演だった。この芝居を観たお客さんの中には石川はもうすぐ死ぬんじゃないか?という感想を持った方も居たらしい。戯曲は死に逝く妹を迎えに来る姉たちの物語で濃厚にノスタルジーを意識していた。


         


 ’91年は「十月劇場」旗揚げ10周年だったが、’92年、アトリエ劇場を出ることになる。原因は色々あったが、家賃滞納が大きな要因だった。度重なる旅公演は私たち劇団員の個人生活を圧迫し、団費滞納者が増えそれがそのまま家賃滞納につながった。しかし、私たちはめげずに次の稽古場兼劇場を探しに入る。安く便利な場所はすぐに見つかった。それが後の“OCT/PASS”STUDIOに継続される河原町稽古場である。私たちは定禅寺アトリエの滞納家賃を分割で支払い、新稽古場も借り受けるという綱渡りを決行する。

 こんなことをやっていたのでは公演なんかやれるわけがない。だから’91年は2本。’92年は新稽古場柿落とし公演作37本目「ラブレターズ●緘書●世界(あなた)の涯へ」と構成台本(はカウント外)「夜の言葉」しか書いていない。「ラブレターズ」は世界が変容した1989年を批評する抽象的で難解な戯曲だったが、ソールドアウトが出るほどお客さんが入った。


      

 情宣デザインはこの「ラブレターズ」から大宮司勇さんになった。

 
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