第二十回最終回 砂上の楼閣?
’07年、92本目「バビロン バタフライ バーレスク」はイラクからやってきた劇団ムスタヒール・アリスノ「バグダッドの夢」への返歌として書かれた。イラクでは毎日が9月11日であるという認識からアメリカ主導のグローバル化という巨大な妖怪への徹底批判劇。とはいえ声高なアピール劇ではなくバーレスク(猥雑な風刺劇)にしたのが私の劇作法である。
この年は体調の関係で2月の「ザウエル」のリベンジ公演とこの「バビロン」しか”OCT/PASS"での公演はなかった。ただ、11月に仙台文学館での澁澤龍彦文学館関連イベントとして唐十郎作「盲導犬」をプロデュース形式で上演した。
93本目「少年少女図鑑」〜僕たちは理科室から旅に出る〜はAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。

’08年、94本目「少年の腕」ーBoys Be Umbrellaーはアングラ・サーカスという新しいスタイルを求めて書き下ろされた戯曲。というより得意分野にシフトし直したという意味合いが強い。得意分野とは綺想、フェイク、大法螺である。この分野になると思わず筆が走る。最新作「ノーチラス」までこの分野の戯曲が多くなっているのは何か意味するものがあるのだろうか?
95本目「アズナートの森」はAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。岩手・宮城内陸地震に材をとって書かれた。奥羽山脈の麓に生きる私たち東北人のアイデンティティを誇る戯曲。

96本目「100万回もオルフェ」もアングラ・サーカス・シリーズの1本。この芝居で’03年の「アンダーグラウンド・ジャパン」以来5年ぶりに出演。
このアングラ・サーカスは既視的ノスタルジーの世界でもある。現代や未来が舞台なのだがどこか懐かしい電灯光の明かりの雰囲気が漂う。そんな戯曲を今後も書き続けていきたいと思っている。この公演で大山健治が入団した。

「オルフェ」ダメ出しの時間。会場は10−BOX。
いよいよ大団円が近づいてきた。97本目「宇宙大作戦」〜グスコーブドリ・ミッション〜は’09年。ココ・ロノボス名義である。この名義は企画がつぶれた「鯨芸録」にもクレジットしていたが、純正喜劇をやる場合の名義としている。この「大作戦」も笑いとバカバカしさにシフトした戯曲。観客も大入りだった。やはり観客は笑いに飢えているのか?笑いを求めているのか?なお、この続編「宇宙大作戦2」〜ホムンクルスの帰還〜は近々書き出す予定である。
98本目「A TREE」〜夢をつなぐ大いなる樹木の物語〜はAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。15本目となる戯曲は今現在構想中。

99本目「絞首台の上の馬鹿」〜死刑をめぐるブラックコメディ〜は死刑制度へのアンチテーゼを試みた問題作で私のもう一方の劇作法である社会的問題へのシリアスな視点を反映した戯曲。会場になったGalleryOneLIFEという劇場がなかったら書き出さなかった戯曲かもしれない。それほどこの劇場は刑場に似ていた。

2010年。そして100本目「ノーチラス」〜我らが深き水底の蒼穹〜を書き下ろした。6月に書き下ろしたこの戯曲は書いている間は無意識だったが稽古しながら考えてみると実に示唆的だった。革命戦線から離脱し地下に潜り妄想の帝国を作り上げた主人公はまるで私の自画像ではないか。100本の大嘘は妄想・幻想の集大成でもある。1本×原稿用紙100枚平均として10000枚に上る原稿用紙は幻視の砂上の楼閣のようでもある。しかし、確実にこの手でここに書いてきた筆跡は存在している。
『劇作風雲録』は今回で連載終了です。1本1本にそれぞれ思い出があります。その当時のことが明確に思い出される連載でした。いずれにしてもここまで私を書かせた原動力は劇団とともにあります。劇団の役者陣、スタッフ陣には感謝です。最後に『ノーチラス』DMに書いた挨拶コメントを書き写し連載の最後としたいと思います。長い間ご愛読ありがとうございました。
1971年高校2年生での処女戯曲から39年(うち3年間ブランク)、で書いた戯曲が100本になりました。まさか自分でもこんなに書いたのかと驚くばかりです。
何故にこんなに書けたのか?原因ははっきりしています。処女戯曲と共に自作の上演が出来る劇団を組んだことです。とはいっても自分がまさかこんなに長い期間芝居を続けるようになるとは思っても見なかったことですが。すべてはなりゆきだったのです。芝居は人と人との出会いによって変成していきます。偶然、良い人との出会いが多く、私を芝居から遠ざけなかったのです。そんな多くの劇団のメンバー、お客さんたち、多くの人々と出会い、別れを繰り返すうちに私の芝居、戯曲は後戻りの出来ないところまで来たようです。
100本達成作「ノーチラス」は意外と淡泊に書き終えました。もっと嬉しく溜まりに溜まったストレスを発散するのでは、と思っていたのですが。そして、もう次の戯曲へと気持ちは移っていたのでした。あと、何本書けるのか、それも出会いと別れの中で決まるのでしょう。
先日亡くなった井上ひさしさんは後輩劇作家に「劇作は年取れば取るほど書けるようになるよ」と言ったそうです。大先輩のそんな言葉を胸にまだまだ芝居の旅は続きそうです。これからもこの馬鹿におつきあいください。


























































