石川裕人百本勝負 劇作風雲録

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第二十回最終回 砂上の楼閣?

 ’07年、92本目「バビロン バタフライ バーレスク」はイラクからやってきた劇団ムスタヒール・アリスノ「バグダッドの夢」への返歌として書かれた。イラクでは毎日が9月11日であるという認識からアメリカ主導のグローバル化という巨大な妖怪への徹底批判劇。とはいえ声高なアピール劇ではなくバーレスク(猥雑な風刺劇)にしたのが私の劇作法である。

 この年は体調の関係で2月の「ザウエル」のリベンジ公演とこの「バビロン」しか”OCT/PASS"での公演はなかった。ただ、11月に仙台文学館での澁澤龍彦文学館関連イベントとして唐十郎作「盲導犬」をプロデュース形式で上演した。


 93本目「少年少女図鑑」〜僕たちは理科室から旅に出る〜はAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。


          


 ’08年、94本目「少年の腕」ーBoys Be Umbrellaーはアングラ・サーカスという新しいスタイルを求めて書き下ろされた戯曲。というより得意分野にシフトし直したという意味合いが強い。得意分野とは綺想、フェイク、大法螺である。この分野になると思わず筆が走る。最新作「ノーチラス」までこの分野の戯曲が多くなっているのは何か意味するものがあるのだろうか?


 95本目「アズナートの森」はAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。岩手・宮城内陸地震に材をとって書かれた。奥羽山脈の麓に生きる私たち東北人のアイデンティティを誇る戯曲。


          


 96本目「100万回もオルフェ」もアングラ・サーカス・シリーズの1本。この芝居で’03年の「アンダーグラウンド・ジャパン」以来5年ぶりに出演。

 このアングラ・サーカスは既視的ノスタルジーの世界でもある。現代や未来が舞台なのだがどこか懐かしい電灯光の明かりの雰囲気が漂う。そんな戯曲を今後も書き続けていきたいと思っている。この公演で大山健治が入団した。


      


         「オルフェ」ダメ出しの時間。会場は10−BOX。


 いよいよ大団円が近づいてきた。97本目「宇宙大作戦」〜グスコーブドリ・ミッション〜は’09年。ココ・ロノボス名義である。この名義は企画がつぶれた「鯨芸録」にもクレジットしていたが、純正喜劇をやる場合の名義としている。この「大作戦」も笑いとバカバカしさにシフトした戯曲。観客も大入りだった。やはり観客は笑いに飢えているのか?笑いを求めているのか?なお、この続編「宇宙大作戦2」〜ホムンクルスの帰還〜は近々書き出す予定である。


 98本目「A TREE」〜夢をつなぐ大いなる樹木の物語〜はAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。15本目となる戯曲は今現在構想中。


           


 99本目「絞首台の上の馬鹿」〜死刑をめぐるブラックコメディ〜は死刑制度へのアンチテーゼを試みた問題作で私のもう一方の劇作法である社会的問題へのシリアスな視点を反映した戯曲。会場になったGalleryOneLIFEという劇場がなかったら書き出さなかった戯曲かもしれない。それほどこの劇場は刑場に似ていた。


       


 2010年。そして100本目「ノーチラス」〜我らが深き水底の蒼穹〜を書き下ろした。6月に書き下ろしたこの戯曲は書いている間は無意識だったが稽古しながら考えてみると実に示唆的だった。革命戦線から離脱し地下に潜り妄想の帝国を作り上げた主人公はまるで私の自画像ではないか。100本の大嘘は妄想・幻想の集大成でもある。1本×原稿用紙100枚平均として10000枚に上る原稿用紙は幻視の砂上の楼閣のようでもある。しかし、確実にこの手でここに書いてきた筆跡は存在している。


 『劇作風雲録』は今回で連載終了です。1本1本にそれぞれ思い出があります。その当時のことが明確に思い出される連載でした。いずれにしてもここまで私を書かせた原動力は劇団とともにあります。劇団の役者陣、スタッフ陣には感謝です。最後に『ノーチラス』DMに書いた挨拶コメントを書き写し連載の最後としたいと思います。長い間ご愛読ありがとうございました。


 1971年高校2年生での処女戯曲から39年(うち3年間ブランク)、で書いた戯曲が100本になりました。まさか自分でもこんなに書いたのかと驚くばかりです。

 何故にこんなに書けたのか?原因ははっきりしています。処女戯曲と共に自作の上演が出来る劇団を組んだことです。とはいっても自分がまさかこんなに長い期間芝居を続けるようになるとは思っても見なかったことですが。すべてはなりゆきだったのです。芝居は人と人との出会いによって変成していきます。偶然、良い人との出会いが多く、私を芝居から遠ざけなかったのです。そんな多くの劇団のメンバー、お客さんたち、多くの人々と出会い、別れを繰り返すうちに私の芝居、戯曲は後戻りの出来ないところまで来たようです。

 100本達成作「ノーチラス」は意外と淡泊に書き終えました。もっと嬉しく溜まりに溜まったストレスを発散するのでは、と思っていたのですが。そして、もう次の戯曲へと気持ちは移っていたのでした。あと、何本書けるのか、それも出会いと別れの中で決まるのでしょう。

 先日亡くなった井上ひさしさんは後輩劇作家に「劇作は年取れば取るほど書けるようになるよ」と言ったそうです。大先輩のそんな言葉を胸にまだまだ芝居の旅は続きそうです。これからもこの馬鹿におつきあいください。


*”OCT/PASS"の公演詳細はHPの作品紹介をご覧ください。

 なお、『劇作風雲録』補遺を不定期に書きます。アップした際はブログ「劇作日記」で告知いたします。

 
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第十九回 宿題。

 ”OCT/PASS"結成10周年は2005年。86本目「オーウェルによろしく」〜アンダーグラウンド・ジャパン続〜03年に上演したテント芝居「アンダーグラウンド・ジャパン」の続編。あれから30年後の日本を舞台にした。ジョージ・オーウェルの小説「1984」が早すぎた黙示録だったように2035年の世界はまるで「1984」と酷似した社会になっている。そのような閉塞的な状況の中でも尊厳を賭けて戦う宣言をジョージ・オーウェルに意趣返しした戯曲。このあたりに来てもまだ100本は先の先だった。本当に書けるのかい?っていうのが心境だったと思う。この年は10周年記念イヤーとして3本の新作を打つ。



オープニング・シーン。10−BOXの隣にあるのぞみ苑の生徒さんも出演してくれた。



 87本目「修羅ニモマケズ」PlayKenji♯4は宮澤賢治のかこった修羅=ストイシズム(禁欲)、ストレンジ(異貌)、スーパーネーチャー(超天性)を描いた祝祭的戯曲。大河原、山形県川西町、仙台文学と基本的に野外で上演された。


           


 88本目「眠りの街の翼」はAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。これがAZ9ジュニア・アクターズへのちょうど10本目の戯曲となった。


          


 2006年89本目「カオス・クラッシュ この国の涯」はさまざな人間の欲望と夢と愛憎が交錯する涯の世界を描いた戯曲。ここにも国家権力という闇が広がる索漠たる風景が横たわっている。正式には89本目の戯曲なのだが当日パンフレットには「劇作90本達成記念インタビュー」が掲載された。ここには三部作書いて100本目達成したいと言っている。この三部作とは構想だけある『戦後昭和三部作』のこと。昭和天皇が死んだ日を起点に天皇ヒロヒト、手塚治虫、美空ひばり、鉄腕アトム、ひばりの母という五人の登場人物が戦前・戦中・戦後の時空を駆け巡るという奇想天外な戯曲。これが今からの仕事になる可能性もある。そして、その片鱗が100本目「ノーチラス」に出てくる。


 90本目「遊びの天才 遊びの国へ行く」はAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。


                


 91本目「ザウエル」〜犬の銀河 星下の一群〜PlayKenji♯5は「銀河鉄道の夜」を換骨奪胎。犬の殺処分と大量虐殺の時代を重ねた戯曲。全12ステージのロングランを組んだが残り2ステージで役者が病気に倒れ公演を中止、翌年リベンジ再演を行った。チラシにはくろ丸の勇姿、背後で天を指さすのは絵永けいである。この公演の”OCT/PRESS"にはこんな予告が『鯨、帰還セズ』春日町綺譚 テント興行決定!!これは今は亡きあべひげとあべさんをテーマにした芝居の予定だった。しかし、翌年私の体調の関係でこの企画自体は頓挫した。そうこうしているうちにあべさんも急逝してしまった。いつかはやらなければならない宿題である。 

         

*”OCT/PASS"の公演チラシ、詳細はHP作品紹介をご覧ください。
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第十八回 ”OCT/PASS"に書かなかった2004年。

         
 
  ’03年は79本目「阿房病棟」から始まった。名取文化会館主催の「名取突GEKI祭」2003プロデュース公演への書き下ろし。一般公募の市民キャスト8名にAgingAttack!!から独立した劇団やんまのメンバー3名、そして”OCT/PASS"から絵永けい、長谷野勇希。ゲストに小畑次郎さんというキャスト。この名取市民参加メンバーから次につながる活動を、と期待を込めて創ったが、あれから7年名取市はまだ文化空隙地区。前市長が遺した文化会館だけが堂々たる偉容を誇っている。

 80本目「アンダーグラウンド・ジャパン」は2000年の「又三郎」以来3年ぶりのテント芝居。私自身最も得意とする綺想とフェイクに満ちあふれた会心の作でもある。太平洋戦争の終結を知らされないまま地下に潜り武器を作り続ける一家を通して現代と地下の闇を通底させるという試み。ただ、この年は冷夏で7月後半というのに寒く、仕込みの時から雨が小止み無く降り続いた。おまけに楽日は劇的効果を狙った本火を通報した人間がいて消防車出動。公園は泥状、車の轍跡が目立つことから修復命令と散々なことになったが、芝居は好評だった。


   


           


「家族ゲーム」的城所一家の食卓。彼らが終戦を知らされず武器を作り続けた。


 81本目「この世の花 天涯の珊瑚」改訂版。’01年に上演した戯曲を改訂した。古川と大河原だけの公演。初演版より年数の経過が落ち着きを感じさせる1本となった。古川での仙台の劇団の公演は初めてだった。


 82本目「THE RIVER STORY」はAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。石川版「たのしい川べ」という趣向。これには私も客演し、共演の子どもたちに私の台詞を覚えさせた。


          


 この年は第1回劇のまち戯曲賞大賞受賞作「闇光る」のプロデューサーとして「アングラJ」が終わって11月までみっちり関わった。


 ’04年は”OCT/PASS"へのまとまった戯曲を書いていない。その代わり実験的なことを始めた年でもあった。83本目「センダードの広場」PlayKENJI仙台文学館篇は文学館「宮澤賢治展」のリンク企画。野外円形石舞台で上演された。賢治の童話を縦横無尽に横断する祝祭的な短篇劇。


       


        

       

 84本目「大福の孤独」は仙南のえずこシアターへの書き下ろし。演出はイギリス人のイクバル・カーンさんだった。


           


 85本目「銀河のレクイエム」はAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。どうもこの年は賢治年だったらしく、「センダード」に続いてこの作も賢治の「銀河鉄道の夜」を下敷きにしている。ネタに詰まると賢治というのが私の傾向で、PlayKENJIや賢治モノが上演されたときは、ははあ石川はネタ切れか、と思ってもらっていいかもしれない。そして、賢治の作品には茫洋たるヒントが多く詰め込まれていると言うことでもある。


         


 この年の7月にはヨネザワギュウ事務所公演「ゴドーを待ちながら」演出。あの歴史的難物を料理した。(された)そして12月には”OCT/PASS"での実験企画Experience、フェルナンド・アラバール「ファンドとリス」「祈り」を換骨奪胎、構成した「砂の覚醒」を上演し、好評を得た。というわけで”OCT/PASS"へのドラマ的戯曲は1本も無かった。


 ”OCT/PASS"の上演チラシはHPの作品紹介をご覧ください。

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第十七回 年間5本2年連続 その2。

 2002年、74本目「祖母からみれば 僕たちは 荒れ果てたさかしまの夜に うち捨てられた野良犬の骨のようだ」NewVersionは前年に書いた戯曲の新訂版。劇場も大きくなり、登場人物も増やした。

     

                左 岩佐絵理 右 宿利左紀子

 75本目「ほんとうの探し物」〜目覚めなさい、サトリ〜は児童劇団ザ・ビートへの脚色。(幸野敦子原作)AZ9ジュニア・アクターズでの経験は蓄積されているが集団が違うと書くものもちょっと違ってくる。なかなかに一筋縄ではいかないのが戯曲執筆であり、芝居の面白さでもある。

          

 76本目「翔人綺想2002」は思い出深い作品である。”OCT/PASS"スタジオのクロージング公演台本は’85年に上演した再演改訂版。前年にスタジオ開設10周年記念企画として観客アンケートで3本の再演企画を立てていた候補作のうちの1本が「翔人綺想」だった。しかし、スタジオの入るビルの新築が決まり、再演ベスト3企画自体は潰えてしまった。当初新築ビルに再入居する予定を立てていたが、提示された家賃が現行の倍になったことから入居をあきらめた経緯がある。新築ビルが出来るまでという約束で緊急避難的にお借りした瀧澤寺さんが今でも私たちの稽古場になっている。この公演はマスコミも取り上げてくれ、ニュースにもなった。ちなみに180通にのぼった再演リクエストのベスト3は「ラストショー」「あでいいんざらいふ」「三島由紀夫/近代能楽集・集」だった。

    

左から 絵永けい、小関歩、美峰子。寝る間も惜しんで1日中パート勤めの母(絵永)は布団を背負って暇があれば眠れる体勢になっている。

 9月11日アメリカ同時多発テロ。この時の衝撃が77本目「この世の花 天涯の珊瑚」を書かせた。12月に上演しているから、本当に即書き下ろしたことになる。書かずにはいられなかった。1970年の三島由紀夫割腹事件からフィクションは現実に追い抜かれ始めたとうのが私の見方だが、ここにきて完璧に私たちの想像力はツインタワーのように爆砕されてしまったように思えた。私たちは、劇作家は、演劇人は想像力を行使していかに現実に立ち向かっていくのだろう?というのが大きなテーマになった。その端緒としての戯曲である。


  


           

    

                            井伏銀太郎氏撮影


 78本目「本の中の静かな海」SHI★MIはAZ9ジュニア・アクターズへの書き下ろし。


          


 この2002年は個人的に芝居漬けの日々だった。5月本格的にラジオドラマのシナリオ「笑い祭り」を書き下ろしNHKFMでOAされる。7月仙台劇のまち戯曲賞のコーディネートと選考。7月〜9月演劇ビギナーズWS講師(この受講生として長谷野勇希が参加していてそのまま”OCT/PASS"に入団した)9月劇作家協会東北支部企画/戯曲添削集中講座では別役実氏を特別講師に招き開催。10月の1ヶ月は米澤牛氏(現渡部ギュウ)の「アテルイの首」ツアーに演出として参画、全国7ケ所の酔いどれ旅を敢行。

 このようなハードな日々の中で改訂版はありつつ、よくぞ5本の戯曲を書いたものだと今更ながら感心するとともに、背筋が凍る思いもする。どうやって書いたのかうろ覚えだが、ノート型のPCを購入したのがこの年だったように記憶している。いつどこでも書けるような体勢にしたのがこの年だった。


        


         情報誌「りらく」のインタビュー記事。


*”OCT/PASS"のチラシはHPの作品紹介をご覧ください。

 写真撮影は「この世の花 天涯の珊瑚」以外松橋隆樹氏。

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第十六回 年間5本2年連続 その1。

 2001年、69本目「祖母からみれば 僕たちは 荒れ果てたさかしまの夜にうち捨てられた野良犬の骨のようだ」という長い長いタイトルの戯曲はアゴタ・クリストフの「悪童日記」をモチーフに書かれた。児童虐待問題をテーマにハードな芝居だった。前年”OCT/PASS"の新人養成WS「戯塾」から正式団員になった宿利左紀子と古村朋子が双子役になり好演した。役者連は膝を擦ったり、あざ作ったりと大変な状況だったが稽古場が妙に明るかったのを覚えている。なお、このタイトルが1番長いタイトル。ちなみに1番短いタイトルは「治療」(’73年)「流星」(’81年)である。1文字タイトルというのが無い。


     


 左から絵永けい、古村朋子、宿利左紀子。古村の顔が本当に虐待されてる子どものようだ。古村は現在世界放浪中?撮影者・松橋隆樹氏。


 70本目「遺棄の構造」は小畑次郎プロデュース公演への書き下ろし。秋田の名優・たかはししげきさんと小畑氏の念願のがっぷり四つに絵永けいが絡んだ。現在問題になっているゴミを捨てられない症候群の老人と追い出し屋の葛藤と友情を描いた。


         


           稽古写真。左・たかはししげきさん 右・絵永けい


 この年”OCT/PASS"はマージナル・シアター・フェスティバルという演劇祭をスタジオで開催し全国から8つのカンパニーが参加した。この参加作が71本目「FOOL TRAIN」〜阿呆列車第2便〜でアルルカン・ロマンスへの書き下ろし。’98年の「フールトレイン」の続編改訂版である。フェスティバルではもう1本リーディング台本「読む女」を構成した。


          


 72本目「わからないこと」〜戯曲短篇集〜は「遙かなり甲子園」「兆し」「わからないこと」の3本からなる作品集的戯曲でまとまった1本とはいえないが、3本ともいえないので難しい。作品の関連性もないので違ったテイストの戯曲が楽しめたはず。考えてみれば100本も書くのには同じようなテーマで書いていたらまず無理だろう。自分の書きたいことを臆すことなく節操なく書いてきたのが100本達成の要因かもしれない。「兆し」で片倉久美子と小川描雀がデビューしている。



「遙かなり甲子園」。まぐれで甲子園出場を決めてしまった僻地の高校の顛末を描くコメディ。真ん中が篠谷薫子。


   


「兆し」。東北の水族館のまんぼうがある日変調をきたした。この変調は世界の海洋の異変の始まりだった。静かに進む終末を描いた戯曲。今現在の”OCT/PASS"の中核メンバー3人の顔が初初しい。


       


「わからないこと」。実話を元に書かれた老母と亡き息子との交感を描いた。右・絵永けい。左・芳賀本名くん(客演)。撮影者全て松橋隆樹氏。


 73本目「ナイトランド」〜夜を呼吸する妖怪たちの物語〜はAZ9ジュニア・アクターズへの戯曲。この年は5本書き、翌年’02年も5本書いている。この2年が量産のピークだった。これから年間5本書くというのは神業になるだろう。


           


 ”OCT/PASS"のチラシはHP作品紹介をご覧ください。 
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第十五回 21世紀を目前に。

          

 

 初の海外旅行をするきっかけはテレビ・ドキュメンタリーのための戯曲を書くための取材で98年12月に香港、ハワイと東西に旅立った。玉蟲左太夫という幕末の仙台藩士のことを発掘するドキュメンタリーで実際の取材と上演の様子をクロスする形で放映された。’99年、61本目「超サムライ 玉蟲左太夫」である。飛行機嫌いの私は飛行機に乗っている間機内酒で我を忘れる作戦に出た。取材はまるで東方西方見聞録の趣で興奮の連続だった。香港の猥雑さ、ハワイの爽快さは今でも忘れられない。もう一度香港には行ってみたいが、飛行機がねえ。そしてこの戯曲は’10年、「先人のはなを啓く会」によって再演されている。


 62本目「キセルと銀河」。この時も劇作60本突破記念公演と銘打った上演を行っている。100本書けるとはこの当時も思っていなかったような気がする。戯曲は’85年の「翔人綺想」をモチーフにした作品で、高校の職員室が舞台。変人続々登場の芝居だった。この時のパンフに戯曲ベスト5を自選している。それによると「翔人綺想」「水都眩想」「又三郎」「あでいいんざらいふ」「犬の生活」を挙げている。


   

                  (深瀬澄夫氏 撮影)


 63本目「夜を、散る」現代浮世草紙集は脳死からの臓器移植問題に真っ向から挑んだ戯曲。ドキュメンタリータッチで描かれた病院の待合室のドラマは迫真的で反響を呼んだ。ちょうど臓器移植に関しては賛否両論の時期だったのでマスコミが取り上げてくれた。


   

                  (深瀬澄夫氏 撮影)


                 


 64本目「山猿の子」〜さよなら20世紀〜はAZ9ジュニア・アクターズ上演作品。山の分校からやってきた姉弟と町の学校の子どもたちの出会いと交流と別れの物語。主演の子が溌剌と好演していたのがよみがえる。


            



        


 65本目「つれづれ叛乱物語」はAgingAttack!!の第2回公演戯曲(上演は2000年)。AgingAttack!!は第1回公演が大好評で女性も加わりメンバーは倍以上に増えた。終の棲家をテーマにして老人だけの住むアパート立ち退き騒動を描いたコメディ。これには”OCT/PASS"メンバーも大挙出演、世代間交流舞台としても話題を呼んだ。しかし、AgingAttack!!プロジェクト早すぎた企画と惜しまれつつこれをもって終了した。ただ、メンバー有志が新しい劇団をつくって活動を続けている。そして私は今年から仙台市主催企画のシニア劇団構想に参画指導することになった。10年ぶりにシニア世代と芝居作りをすることになるが、私自身がシニア世代のとば口に立っていることを自覚しながらの挑戦になる。


 66本目「ぼくが発見した町と町に発見されたわたし」は仙台市主催演劇ビギナーズWS公演台本(2000年上演)。仙台市内の一地域を受講生が取材しそこに生起した、する、するかもしれない物語を短い台本にしてもらいそれを構成台本にしたものだったが、ほとんど私のオリジナルだった。試演会は大きな劇場だったせいもあり大盛況だった。このWS受講生に片倉久美子がいて、”OCT/PASS"スタジオで特練をやった。これが機縁で彼女は2001年に”OCT/PASS"に入団することになる。


 コンピュータ2000年問題というのがあった。2000年1月1日にPCがクラッシュするかもしれないという噂がまことしやかに流れ、「ぼくが…」の台本も年越しを避けるべくガツガツ書いた。確か、’99年12月30日くらいに担当者に渡したような記憶がある。PCは全然なんともなかったんだけど。「周辺事態の卍固め」からワープロをMacのPerformaに切り換え、一太郎Macで書き始めた頃だった。Macは不安定で、よくフリーズしていたものだった。


 そして2000年。67本目「又三郎 20世紀最終版」は’88年初演の「又三郎」の改訂版。仙台演劇祭参加作で初演版をしのぐ仕掛けを組んだ。

          

 亡きくろ丸と共に舞台に立つ不肖私。又三郎が転校してくる山の学校の校長先生・丹前きるぞう役。左は堀カナン。くろ丸2歳、若かったなあ。

 68本目「しーんかーんミステリー」〜誰かが僕らを夢見てる〜はAZ9ジュニア・アクターズ上演戯曲。AZ9へも5本目となるとさすがにネタ切れの心配で毎年心配になるのだが、その期に及ぶとなんとかなるもので、まずはAZ9地域=仙南9地域の民話や歴史的名所、観光スポット、はては名産品まで資料をかき集める。この戯曲は七が宿ダムをネタにしたミステリー。この年はどういうわけか2本しか戯曲を書いていない。理由はわからないが、多分2001年5月から開催したマージナル・シアター・フェスティバルの準備に入ったからかもしれない。 

             

         


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第十四回 とんだバブル。

 1997年に宮城県芸術選奨を受賞。54本目「カプカプ」PlayKenji♯2 宮澤賢治の「やまなし」を底本に生と死をめぐる幻想的な戯曲。舞台の半分がプールという仕掛けにお客さんが大喜びだった。


    


 「カプカプ」のカニの親子。シャワー状の雨が降る仕掛けに観客で来ていた外国人女性が「Fantastick!!」と歓声を上げていた。(撮影者不明)


 55本目「明日また遊ぼう」はAZ9ジュニア・アクターズの2本目。猫を主人公にした友情の物語。


     


 原画イラストは現代美術家として高名だった故宮城輝夫先生。宮城さんは”OCT/PASS"の芝居もよく観てくれて、いつも丁寧な感想文を送ってくださった。


 56本目「アポリアの犬」ーいじめの時代のわたしたちへーは犬と呼ばれる近未来の中学生たちを描いた戯曲。2001年を想定したが、ここで描かれた社会状況はまったく変わっていないと言うことに驚きと怒りさえ覚える。上演は’98年。


    

 

 「アポリアの犬」ラストシーン。犬と呼ばれた中学生たちが遠吠えをする。(撮影者不明)


 この年多賀城市の依頼で「ドリームパワーTAGAJYO」という構成台本・演出をしている。そしてこの年、高齢者俳優養成企画AgingAttack!!を始動させた。


 1998年も自治体依頼の構成台本から始まる。名取市文化会館落成記念事業 文化の森スペシャルコンサート’98「翼」ー古墳からのメッセージー。コンサートと芝居を構成した台本で音楽は榊原光裕氏。作詞した曲を全国合唱コンクールに出品して紅白を狙おうなどと市の担当者が息巻いていて、仙台空港でも流れたがメロディだけ、とんだバブルだった。

 57本目「むかし、海のそばで」は’97年に始動させたAgingAttack!!第1回公演のための戯曲。この企画自体全国から注目を浴びた。結構大変な作業だったがその分達成感も大きかった。


    

 当時の”OCT/PASS"STUDIOの近所、左奥に見えるのが河原町のツインマンション。デザイナーは大宮司勇氏。


 58本目「FOOL TRAIN」は大阪の役者・喪歌魔多利氏の劇団アルルカン・ロマンスへの書き下ろし。硬派アホ芝居だった。


        


 なすびが線路を走ってるシュールでアホなデザイン。デザイナーは未知座小劇場でもおなじみの世乃不思議さん。


 真夏8月に大阪にこの芝居を観に行った時に喫茶店で校正したのが、59本目「SI★MI」〜小さき生き物たちの伝説〜はAZ9ジュニア・アクターズ3本目。この戯曲がAZ9への書き下ろし作の中では一番好き。紙魚を主人公にした大作ロマンだった。


          


 60本目「周辺事態の卍固め」は“OCT/PASS”劇団員だった南城和彦プロデュースによるプロレス芝居。上演は’99年。大のプロレス好き南城君のたっての希望により書いたこの戯曲は猪木とG馬場が夢の対決をするというコメディだったが、当時の世界情勢と日本の国防状況をメタファーにして熱狂的プロレスファン感涙の芝居となった。<肉体使い国家照射>というのは新聞評。これは再演したい芝居NO1かもしれない。この期間に劇作家大会’99北海道大会があって札幌と仙台をとんぼ帰りした。


      


 全くバカなチラシである。デザインは現在”OCT/PASS"の情宣をしていただいている小関歩さん。右の覆面が彼である。


 ところでこの’98年に新人がなんと8人も入ってきた。現在残っているのは篠谷薫子と美峰子だけ。 

 *”OCT/PASS"の各上演チラシはHP作品紹介コンテンツをご覧ください。
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第十三回 『百年劇場』というメルクマール。

  テント芝居との決別などと決意して”OCT/PASS"を旗揚げしたが、舌の根も乾かぬ’96年にはテント芝居に戻った。なんといういい加減さであろうか。というよりこのことでわかったのは、やはり私はテント芝居を捨てられないということ。無駄な決意は精神衛生に悪いということだった。

 そのテント芝居の前に49本目「百年劇場」仙台座幻想を書き下ろす。これは仙台市主催のシアタームーブメントの記念すべき第1回の公演となった。プロデューサーから仙台にまつわる話を書いて欲しいというオーダーがあり、図書館に通ってネタを探した。テーマを決められて書くのは意外と大変な仕事だと言うことが初めて判った。だが、良いネタに巡り合えた。それが仙台に存在した劇場=仙台座であった。仙台の演劇熱の地下水脈は戦前からある多くの劇場と映画館につながっているという確信を元に「百年劇場」は書かれた。上演は大成功に終わり観客動員数は現在まで続く演劇プロデュース公演中、ナンバー1の記録を保持している。関わったスタッフ・役者も100名を越え、市民演劇の端緒ともなった。打ち上げはあまりの収拾のつかなさと、その騒がしさで店から二度と来るなと言われた。それよりもなによりもその後の仙台座ブームの火付け役になったことは光栄だった。そしてこの戯曲を書き下ろしたことによって芝居一本で食べていけるかも知れないという確信をもったメルクマールの出来事だった。


        


 50本目「見える幽霊」PlayKENJI♯1が再びのテント芝居である。”OCT/PASS"になって「現代浮世草紙集」と「PlayKENJI」という二つの連作戯曲を手がけるようになる。PlayKENJIは宮澤賢治の作品を換骨奪胎して演劇的手法で組み立て直すという趣向の戯曲である。仙台はテント、盛岡では劇場という二つのヴァージョンで臨んだ。賢治役をやった松崎太郎君は好演したがこれが”OCT/PASS"最後のステージとなった。


     


 左から賢治役の松崎太郎、乳房のある父役の絵永けい、ひげのある母役の小畑次郎。(大槻昌之氏撮影)




51本目「ロード・テアトル そして、さい涯」は「十月劇場」OBの西塔亜利夫・小畑次郎プロジェクトへの書き下ろし。売れない演歌デュオ歌手が最後の賭に出て新曲をレコーディングして、キャンペーンの旅に出るというコメディ。ラストが不条理な展開で終わるところがミソ。新曲も私が書き下ろした。


          


 52本目「転校生」は仙南の児童劇団AZ9ジュニア・アクターズへの初の書き下ろし。この書き下ろしも今現在まで続いているライフワークのような事。小学4年生から6年生までの40人ほどの子どもたちへ毎年よく書き続けているものだと我ながら感心する。しかし、達成感も大きい仕事でもある。自分の演劇人としての立ち位置をいつも問われる仕事だ。子ども向けといってもやさしくは書かない。大人の鑑賞にも堪えうる戯曲を書くことを心がけている。井上ひさしさんが言っていた「難しいことをやさしく、やさしいことを深く」である。なお、AZ9ジュニア・アクターズへの戯曲の詳細はAZ9のHPをご覧ください。(http://www.az9.or.jp/actors/)


          


 53本目「1997年のマルタ」現代浮世草紙集第五話は翌年上演の戯曲。’97年この芝居を持って東京→横浜→大阪→仙台→盛岡→仙台追加公演と巡演した。大阪での公演場所・島之内小劇場はキリスト教会でアングラ全盛期、伝説の劇場で感慨深い公演だった。


       


  絵永けいのすさまじいラストの長台詞は客席を静まりかえらせる力に満ちていた。(深瀬澄夫氏撮影)

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第十二回 ”OCT/PASS"始動。

 TheatreGroup"OCT/PASS"はよく蛸(Octopus)と間違えられるが、OCT(十月)PASS(超える・通過する)という意味で命名した。その”OCT/PASS"も今年2010年で15周年を迎えた。とうに「十月劇場」の13年を超えてしまった。

発展的解散をした際に2名の退団者が出たがほとんどのメンバーが新劇団に移行し、旗揚げ時の団員数は15名だった。

新劇団になり稽古場もリニューアル、ロングランと貸し劇場対応の客席を作った。


 ’95年、旗揚げ公演は前年に書き終えていた44本目「素晴らしい日曜日」。新劇団での大きな仕事としてとらえていた1ヶ月を越えるロングランはステージ数も大きく増やした。そして現代浮世草紙集という連作戯曲への取り組みでもあった。その狙いは”OCT/PASS"HPの作品紹介コンテンツのチラシ裏面に掲載されている。要は現代の闇と切り結ぶことが大きなテーマだった。

 「素晴らしい日曜日」は全27ステージ。まず長い長い公演だった。お客さんが1名でもやらなければならないという苦行のような公演だったことを思い出す。もちろんきっちりやり切ったが。


      

      「素晴らしい日曜日」左から芥、松崎太郎、絵永けい、相田頼智恵


 次いで同年45本目「小銃と味噌汁」現代浮世草紙集第二話も1ヶ月全20ステージ。三度同年46本目「教祖の鸚鵡 金糸雀のマスク」現代浮世草紙集第三話は仙台演劇祭参加作でオウム真理教問題へ真っ向から切り込んだ問題作で宗教者への説明、当時仙台にあったオウム真理教とおぼしき団体からの無言電話、嫌がらせなどがあったが無事乗り切る。’95年はもう2本書いている。


 

 「小銃と味噌汁」左から上村作次郎、石井忍、松崎太郎、大山幻太


          

     「教祖の鸚鵡 金糸雀のマスク」バカバカしい水中クンバカシーン。


 翌年上演の47本目「犬の生活」現代浮世草紙集第四話48本目「大難破」。「犬の生活」でアゴラ劇場主催の「大世紀末演劇展」参加。「大難破」は座・五人プロデュースへの書き下ろし。仙台・新潟・大阪の濃いメンツが集まって組んだチームの芝居は超壮絶ナンセンスサバイバルドラマだった。この後「大寒波」という雪山遭難モノもやろうかという話が持ち上がったが未だ実現していない。そして翌’96年は5本の戯曲を書き下ろし、劇作50本目を迎える。


      

      「犬の生活」左から後藤貴幸、手塚のぶ絵、相田頼智、佐藤元章


            


なお、”OCT/PASS"編からはチラシ掲載はありません。”OCT/PASS"HPの作品紹介をご覧ください。

写真はすべて大槻昌之氏撮影。


「河北新報」’94年12月28日

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第十一回 十月劇場を閉じる。

  ’93年38本目「三部作時の葦舟第2巻 無窮のアリア」。前回も書いたようにこの三部作は畢生の大作で第2巻は古代篇。この芝居でも松本→大阪→丸森→仙台と旅公演を続けたが、この年は台風の当たり年で全ての公演地で台風の直撃を受けた。松本では立込の終わったテントから避難。丸森では公演中止。仙台でも直撃を受けたあおりで楽日にものすごいお客さんが詰めかけテントの周りを取り囲んだ。この仙台公演の後に中止になった丸森に戻り公演を無事終えたが、そのリターンマッチも雨に降られた。この芝居は完璧野外劇でプールをしつらえその上に能舞台を模した舞台を造った。ラストに役者3人が乗った葦舟をクレーンで吊るという荒技、そして水中ポンプからは高さ10メートルにならんとする水柱、イントレ三段組の上からは振り子の大時計と、我が芝居人生最大のセットを組んだ。

 なお、この「無窮のアリア」の稽古入りから打ち上げまでの5ヶ月を「河北新報」が全23回連載で記事にしてくれたのは壮快だった。


         


 39本目「演劇に愛をこめて あの書割りの町」は仙台市市民文化事業団の委託による舞台技術養成講座のための公演台本。舞台上演中の劇団に起こる様々なアクシデントをコミカルに描いたバックステージ物。(上演は’94年)

 ’94年40本目「月の音 フェリーニさん、おやすみなさい」。力をつけてきた「十月劇場」若手のために書き下ろした幻想劇。この戯曲は2008年に”OCT/PASS"新人公演で再演されている。


       


 41本目「スターマンの憂鬱ー地球人類学入門ー」。「演劇に愛をこめて」を最後に「十月劇場」を退団した米澤牛(現渡部ギュウ)に書き下ろした一人芝居台本。

 そして42本目「三部作時の葦舟第3巻 さすらいの夏休み」。この戯曲を書いている最中に’94年を最後に「十月劇場」を解散しようと腹を決めていた。この芝居でも秋田→寒河江→丸森→仙台と東北ツアーを敢行。前作「無窮のアリア」と違って天候に恵まれた。この戯曲は三部作の発端の現代篇。家族が何故時空の旅に出ることになったのかが明かされる。この三部作はいずれ通しでやってみたい戯曲でもある。今年は劇作100本達成年だが、既に演出作は100本を越えているので演出100本達成記念企画としてやってみようか。


         


  


          


 仙台公演の珍しい上からの写真。全景がよく判る。場所は仙台駅東口現在のヨドバシカメラの敷地である。撮影は大槻昌之氏。

 

 この旅公演期間中には次作43本目「月の音ー月蝕探偵現るー」を書きながら、稽古までやっている。すごいスケジュールだと今更ながら思う。「月の音ー月蝕探偵現るー」は40本目の「月の音」とは同名異曲である。これは我ながら失敗作の不名誉を冠しているが、最近この上演ビデオを見たら非常にシュールで面白かった。


 そして私は劇団員へTheatreGroup"OCT/PASS"への発展的解散を宣言した。ちょうど40歳。私はテントへの決別と1ヶ月を越えるロングラン公演の確立、新機軸の戯曲連作など大人の鑑賞に堪えうる芝居作りを標榜していた。とにかく芝居でメシが食いたかった。

 ’94年はTheatreGroup"OCT/PASS"旗揚げ第1作になる44本目「素晴らしい日曜日」も書いているから年間5本を書き下ろした。そして翌年から現在につながるTheatreGroup"OCT/PASS"での劇作風雲録が始まる。

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